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平成23年 (行ケ) 第10263号
銅および銅合金の表面処理剤事件


弁理士 玉腰 紀子
弁理士 須山 佐一

○判決のポイント

 請求項に包括的名称で記載された化合物についての明細書に例示された化合物の一部を削除する訂正により,当該包括名称で記載された化合物の範囲が当然に減縮されるものではないが,「明りょうでない記載の釈明」に,一応該当するとされた。

 事件番号等:平成23年(行ケ)第10263号(知財高裁 H24.09.27 判決言渡)
 事件の種類:特許維持審決取消請求
 原告/被告:三和研究所,森村商事/四国化成工業
 キーワード:訂正請求,サポート要件,実施可能要件
 関連条文:平成11年改正前特許法36条6項1号,同条4項1号,特許法134条の2第1項各号,29条1項,同条2項

○事案の概要

 本件特許発明は「イミダゾール化合物あるいはベンズイミダゾール化合物,コンプレクサン化合物及び鉄イオンを必須成分として含有する水溶液からなる銅及び銅合金の表面処理剤。」とする発明であるが,「コンプレクサン化合物」が包括名称として必ずしも一義的な意味をもつものではないところ,無効審判において,明細書中にコンプレクサン化合物として例示された化合物の一部を削除する訂正請求が認められ,特許維持審決がなされたため,請求人が審決取消の訴えを提起したものである。

○裁判所の判断

(1)①本件明細書には,コンプレクサン化合物に該当するとされている化合物が列挙されているが,「コンプレクサン」を定義した記載はない。②公知刊行物の記載を検討しても,当業者間で「コンプレクサン」の意味が一義的に明確であるとはいえない。③訂正前後の化合物群には,いずれも公知刊行物に記載された「コンプレクサン」のいずれの説明とも符合しない化合物が含まれており,訂正により,本件明細書における「コンプレクサン」の意義が明確になるとまではいえない。

(2)本件発明は,優先日当時周知であった表面処理剤に鉄イオンを添加したものであり,これにより課題を解決したものということができる。また,本件明細書には,実施例が複数記載され,本件発明の課題を解決することができることが具体的に示されている。
 したがって,コンプレクサン化合物については,その意義は,必ずしも一義的に明確ではない点があるものの,キレート作用を有するキレート剤であるということができ,かつ,その代表例が列挙されている。そうすると,本件訂正明細書にその作用機序の記載がなくとも,本件発明のうち実施例以外の部分についても,通常は実施例と同様にその課題を解決することができると解するのが相当であり,本件発明に係る特許請求の範囲の記載は,発明の詳細な説明において開示されている技術的事項の範囲を超えているとはいえない。

(3)なお,訂正に関して,段落【0015】は代表的なコンプレクサン化合物を例示したものであると解されるから,例示された化合物の一部を削除したとしても,本件発明における「コンプレクサン化合物」の範囲が当然に減縮されると解すべきものではなく,この訂正は,旧特許法134条の2第1項ただし書1号の特許請求の範囲の減縮に該当するものではない。しかし,少なくとも公知刊行物の「コンプレクサン」には該当しない化合物を一部削除するものであるという点では,同項ただし書3号所定の「明りょうでない記載の釈明」に,一応該当するといえる。

(玉腰 紀子)

○コメント

 有機化合物の包括名称は,特定の官能基や分子構造に着目して命名されることが多いが,有機化合物に特有の機能により分類されて命名されることもある。
 「コンプレクサン化合物」は,広義には,キレート化機能を持つ有機化合物として位置づけられるが,その具体的な定義は一義的なものではなく,辞典類や教科書的な文献によっても相違がある。
 一般に,包括名称で表される化合物を請求項に記載する場合は,その内容を明確にするとともに,当業者が容易に当該発明を実施できるように,明細書中に包括名称に含まれる具体的な化合物名を列挙することが多い。
 包括名称が一義的なものでない場合には,例示された化合物が大なり小なり包括名称の内容を特徴づけるから,出願後において例示された化合物の一部を削除することは,当初の包括名称の内容に変更をきたす可能性がある。
 本件は,請求項の「コンプレクサン化合物」が一義的ではないとされる状況のもとで,明細書中に当該化合物の具体例として例示された化合物の一部を訂正請求により削除しようとした事案である。
 裁判所は,本件発明の特徴は,表面処理剤に,「コンプレクサン化合物」と「鉄イオン」をともに添加した点にあり,例示した化合物の削除は,化学辞典等の定義に合致しない化合物を削除したものである,として訂正を認容している。
 発明の特徴が,包括名称で示された化合物の使用にのみにあるような場合は,本件とは事情が異なるから,このような場合には,予め,包括名称に包含されるものとして列挙列挙した化合物群を,中位,下位のグループに区分した請求項を作っておくなどの対応策を講じておくことも必要である。

(須山 佐一)

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