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平成25年(行ケ)第10340号
含弗素乃至含弗素・酸素系被膜層を形成させたステンレス事件


弁理士  玉腰 紀子
弁理士  須山 佐一

○判決のポイント

 甲1発明では「表層部」からよりも「6Åエッチング後の表面」からESCA法で測定した弗素濃度の方が高いことを証する事実はない,などとして,本件発明1は甲1発明と相違するとされた。

 事件番号等:平成25年(行ケ)第10340号(知財高裁 H26.10.30 判決言渡)
 事件の種類:維持審決取消請求(請求棄却)
 原告/被告:株式会社日本科学エンジニアリング/株式会社ケミカル山本
 キーワード:進歩性,記載要件,6Åエッチング後の表面,X線光電子分析ESCA法
 関連条文:特許法29条1項3号,36条6項2号

○事案の概要

 本件特許発明1は,ステンレス鋼の表層部乃至その近傍に対し,含弗素乃至含弗素・酸素系被膜層を形成させて,耐孔食性を向上させたステンレス鋼に係る発明である。審決は,本件特許発明1は,含弗素乃至含弗素・酸素系被膜層における弗素濃度について,「表層部に比べてX線光電子分析ESCA法によって6Åエッチング後の表面について測定された弗素濃度が高くなっている点(相違点1)」で甲1発明と相違し,甲1発明から当業者が容易に想到できたものではないと判断した。

○知財高裁の判断

 本件特許の請求項1によれば,相違点1に係る本件特許発明1の含弗素,酸素系被膜層の構成は,「表層部」と「(表層部から)6Åエッチング後の表面」のそれぞれについてX線光電子分析ESCA法により測定した場合に,前者よりも後者の弗素濃度が高い,というものである。ESCA法とは,試料表面以下数nm(数10Å)程度の深さまでの間に存在する元素の種類や量を測定することができる方法であるから(甲6),上記構成は,すなわち,「表層部の表面から数10Å程度の深さまでの間に存在する弗素の濃度(測定対象に存在する全元素の量に対する弗素の存在割合)」よりも,「6Åエッチングされた後の表面から数10Å程度の深さまでの間に存在する弗素の濃度」の方が高いというものである。
 一方,・・・甲1発明において,表層部よりも,表層部から6Åエッチングした後の表面から測定した場合の方が弗素濃度が高くなっていることを直接証する実験結果の記載はない。また,原告は,甲1発明の含弗素・酸素系皮膜層の表層部から6Åエッチングした後の表面がそのような弗素濃度を有することを証するための再現実験も行っていない。
 この点,甲1文献には,・・・pH1.8とpH8.6の試験溶液を用いて生成した不働態皮膜内には弗素の存在が認められたこと,不働態皮膜について,表面から順に,炭化水素の汚染層,クロムの水酸化物層,鉄とクロムの混合酸化物層とする3層モデルを仮定して解析したところ,・・・皮膜内弗素イオン量の増減はクロムの水酸化物層の皮膜厚さと対応していること,したがって,その弗素は,クロムの水酸化物層に侵入すると考えられることが記載されている。
 しかし,上記のような3層モデルを前提としても,・・・甲1発明において,「表層部」からよりも「(表層部から)6Åエッチング後の表面」からESCA法で測定した場合の弗素濃度の方が高いということを証するためには,最上層である「炭化水素の汚染層」の厚さや,その中に含まれる弗素の量,さらには「炭化水素の汚染層」や「水酸化物層」内における弗素の厚さ方向の濃度分布を把握する必要があるところ・・・,甲1文献によっても,これらの事実はすべて不明である。

 原告は,正確に「6Å」だけエッチングするのは不可能であるから,本件特許発明1において規定されている「6Å」との数値が正確とはいえないこと,また,6Åというのは原子数個分の距離であるから,「表層部」を測定したESCAデータと,表層部から「6Åエッチング後の表面」を測定したESCAデータとは明確に区別できるデータではないことを考慮すれば,甲1発明の弗素濃度の記載と,本件特許発明1の弗素濃度の記載との間に,特段の違いは存在しないと主張する。
 しかし,そもそも「6Å」だけエッチングすることが不可能であるとの原告の主張については,何ら裏付けとなる資料が提出されておらず,これを認めることができない。また,この点を措くとしても,本件訴訟においては,特許請求の範囲又は本件明細書の記載要件ないし実施可能要件が争われているのではなく,これらの記載を前提として,本件特許発明1の新規性(引用発明との相違点の有無)の有無が争点となっているのであるから,かかる争点の判断の上では,本件特許の特許請求の範囲の記載内容自体が明確性を欠く場合を除き,同特許請求の範囲に記載されたとおりの内容を前提として本件特許発明1の構成を認定するべきである。そして,本件特許の請求項1の特許請求の範囲には・・・と記載されているところ,同記載された文言自体の意味は明確であるから,そうであるにもかかわらず,「6Åエッチング」をすることが客観的に不可能であることや,弗素濃度の大小を比較することができないことを前提として,本件特許発明1の内容を解釈し,甲1発明との間に相違点がないとする原告の主張は,その前提において誤っており,採用することができない。

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