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平成25年(行ケ)第10118号
蛍光体事件


弁理士  玉腰 紀子
弁理士  須山 佐一

○判決のポイント

 蛍光体の組成比を示す各変数がどのように連関するか特定されていないが,マクロ的には,基本的な結晶構造を維持しているとして,明確性要件に適合するとされた。

 事件番号等:平成25年(行ケ)第10118号(知財高裁 H26.03.10 判決言渡)
 事件の種類:拒絶審決取消請求(審決取消)
 原告/被告:株式会社東芝/特許庁長官
 キーワード:明確性要件,実施可能要件
 関連条文:特許法36条6項2号,4項1号

○事案の概要

 本件発明は,蛍光体に関する発明であり,請求項1の発明には「斜方晶系に属し,一般式(1)
   (M1-xx3-y13+zM213-z2+u21-w
   (式中,MはCaおよびSrから選択される少なくとも1種の原子であり,M1はAlであり,MはSiであり,RはEuであり,0<x≦1,-0.1≦y≦0.15,-1≦z≦1,-1<u-w≦1である)
で表わされる組成を有する」との構成(Ⅰ)と,Sr3Al3Si13221属結晶のAl-NおよびSi-Nの長さが,基本構造となるSr3Al3Si13221との比較で「それぞれ±15%以内」であるという構成(Ⅱ)とが発明特定事項として含まれている。
 審決は,本願明細書には,(Ⅰ)について,①上記一般式の各変数の連関が記載されておらず,また,実施例及び比較例における無機結晶(蛍光体)は,各原子の組成比につき化学量論的な関係が成立しないから,上記一般式がいかなる化合物(の結晶)を意味するのか,技術的に不明である,②「斜方晶系」であることにつき,技術的な根拠が存するものとは認められない,などを理由に,明確性要件および実施可能要件に適合しないと判断した。

○知財高裁の判断

① 無機化合物において,格子欠陥等のため,その組成比が不定比となる(自然数でない)ものが存在することは,技術常識であって,このことは,無機化合物からなる蛍光体についても同様である。
 本願明細書によると,実際に不定比組成である蛍光体が合成されている。これらの蛍光体は,その具体的な数値は不明であるが,蛍光体の電荷バランスが中性となるように組成比が選択され,化学量論的に成立したものとなっていると解される。本願発明においては,上記の各変数が相互にどのように連関するか特定されていないとしても,一般式(1)における各原子の組成比は,一般式(1)に示される各原子の組成範囲内において,蛍光体の電荷バランスが中性となるように選択され,化学量論的に成立したものとなると認められるから,一般式(1)における各原子の組成比が化学量論的に成立するためには,上記の各変数が連関することが必要であるとはいえない。また,一般式(1)が,いかなる化合物を意味するのか不明であるともいえない。

② 本願発明である蛍光体は,斜方晶系に属し,Sr3Al3Si132Nをベースとして,そのSrがEuやCaで置換されたり,また,AlとSiが互いに置換されたり,OとNが互いに置換されたりしたものである。格子欠陥や原子置換により,格子定数が変化し,結晶構造が若干変化することがあるとしても,本願発明は,本願明細書の記載によれば,XRDの結果,基本的な結晶構造が変化しない範囲のもの,すなわち,Sr3Al3Si13221結晶と実質的に同一の結晶構造を有するものであることを前提としている以上,マクロ的には斜方晶を維持しているということができる。
 図3において,Sr原子が,Si,Al,O及びNからなる結晶基本骨格に対して,均等でない位置に存在しているように見えるとしても,そうであるからといって,単位格子そのものの結晶構造が,2回螺旋軸を有するものでないとはいえない。本願明細書の図3に基づくコンピュータグラフィックス上での対称操作のシミュレーション(甲4)によれば,そのずれは対称操作後においても生じ,結果として重なり合うことが明らかとされている。

(玉腰 紀子)

○コメント

 一般式を用いた化合物の発明で,原子組成が不定比の場合に,組成比を変数で表す場合がある。このとき,発明を特定する上で変数間に一定の関係が必要な場合には,この関係も特許請求の範囲に書くが,変数の数が多くなると各変数間の関係を具体的な状況に応じて確定することが難しくなる。
 本訴裁判所は,本願発明では,一般式の原子組成を表す各変数間の関係が記載されてはいないが,蛍光体の分野では,各原子の組成比は,一般式の範囲内で,蛍光体の電荷バランスが中性になるように選択され,化学量論的に成立したものとなるという技術常識が存在することを認めて,本願発明の特定に原子組成を表す変数間の関係を記載する必要がある,とした審決の判断を誤りとしている。
 また,審決では,本願発明は,「斜方晶系」であることにつき,技術的根拠がないとして実施可能要件に適合しないと判断したが,本訴裁判所は,本願明細書には,「Sr3Al3Si132N」について斜方晶系であることが記載されており,かつ,本願発明は,請求項1に記載された一般式で表される全域で斜方晶系の要件を満たすという前提で発明が特定されているわけではないから,実施可能要件違反にも該当しないと判断している。

(須山 佐一)

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